20代アイドルファンのブログ

20代アイドルファンのブログです

「いじめられる側にも責任はある」と言え

いじめが原因とみられる自殺が報道される昨今。こんな言葉を聞くことがあります。「いじめられる側にも原因がある」と。

f:id:mizuharabukiko:20170528210345j:image

 

原因があるのは当たり前

いじめられる側にも原因がある。確かにそうでしょう。否定はできません。

火の無いところに煙は立たない。いじめられる側の人間がそこに存在しなければ、彼がいじめられることはないでしょう。

「彼がそこに存在している」それ自体がいじめの原因の一つになっているのです。

「原因の一つ」という言葉を使いましたが、もちろん原因はいじめられる側の人間が存在しているということだけではありません。様々な原因が重なり合っていじめが起こるのです。

 

原因がある≠責任がある

例えば、ある人が歩いていると、大きめの石につまずいて転んでしまいました。この場合、かれが転んでしまった原因の一つは、そこに石が存在していることです。しかし、だからといって、石に責任があるとは言えません。

原因があることと責任があることは、常に一致するとは限らないのです。

 

「いじめられる側にも責任はある」と言え

 では、いじめる側が自分の罪を軽くしたい場合は、何と主張すればいいのでしょうか。「いじめられる側にも原因がある」? 違います。「いじめられる側にも責任はある」と主張しましょう。

もしかしたらいいことがあるかもしれません。

 

関連記事

mizuharabukiko.hatenablog.com